宮口「千秋!ご出産おめでとう!」

千秋は声のする方を振り向く。三船に妊娠していることを明かした4か月後、千秋は宣言通り出産した。まだ産休中ではあったが、産まれた赤ちゃんをお披露目するため、事務所へ顔を出しに来ていた。
千秋茉莉(ちあき まり)。入社6年目、監査部門の国際部に所属している。外資系企業の監査に関与しており、主査経験もある。1年半ほど前に事務所の同期の会計士と結婚、ほどなくして妊娠が判明してからは、仕事をセーブしながらも続けてきた。

千秋「宮口くん、ありがとう!お陰さまで無事生まれました。」
宮口「もう復帰予定は決めているの?」
千秋「ううん、まだ保育園が決まっていなくて。復帰のタイミングも決めかねてるよ。産まれたばかりでこんな調子だから、やっぱり妊娠中に保育園の候補考えておいたら良かったなぁ。」
宮口「身の回りに子育てしながらフルタイムで働けている女性もまだまだ少ないし、そこは情報がとりづらいのかもね。別の同期の女の子も似たようなこと言ってたな。」
千秋「とりあえず、あたしはやれるだけのことはやろうと思っているので、まだまだ探すつもり!まぁいつかは何とかなるでしょ。」

明るく言い放ったあと、千秋は周りに聞こえないように少し声のトーンを落とした。

千秋「でも、復帰したあと何の仕事をしようかっていうのはちょっと考えてるよ。」
宮口「え、監査業務に復帰するんじゃないの?」

意外そうな顔つきで宮口は言った。

千秋「・・・うん。やっぱり、子供が少し大きくなるまでは時短とか、週4日勤務とかでもすむような、できるだけ融通の利く業務の方が良いかなと思って。なんか、今までそれなりにバリバリやってきたあたしらしくない考え方だとは自分でも分かっているんだけどね。現実を考えると、ダンナも会計士だから繁忙期が重なっちゃうし、実家にもそこまで頼れないしさ。」
宮口「そっか。また一緒に監査できると俺は思っていたから、なんだか残念だな・・・。」
千秋「最近は子育てに理解のある人も多いし、監査業務ができない訳じゃないと思うんだけど、あたしはこれを機会に少しキャリアチェンジしようかなって。」
宮口「それも一つの選択だよね。俺は応援するよ!ちなみに何かやりたいことのアテはあるの?」

千秋はにんまりとした表情を見せ、いたずらっぽく微笑んだ。

千秋「実は、ね。出産のちょっと前に三船くんに「会計士.job」っていうサイトを紹介してもらって、もしかしたら私の働き方にマッチするような業務が出てくるかも知れないなとは思っているところなの。」
宮口「そんなサイトがあるんだ?知らなかった。俺にも教えてよ。」
千秋「もちろんオッケーだよ。・・・・そうだ、あたし、狙っている保育園の説明会にこのあと行かないといけないんだった。サイトのURL、後でメールするね。」
宮口「分かった、気を付けて!また会おうね。」

それから3か月ほど経ったある日、宮口は千秋からのメールを受け取った。
希望通りの保育園に入ることができそうだということ、今後、監査法人は非常勤で勤務するということ、また、「会計士.job」からの紹介で、とあるベンチャー企業の社外監査役をすることになりそうだという報告だった。

宮口「なんだかんだで千秋らしいな。」

確かに、社外監査役という立場であれば時間の融通も比較的利く。また、千秋にとっても新たなチャレンジとなり一層の自己研鑽を積む必要はあるが、今後のキャリアアップにも間違いなくつながるだろう。

宮口「社外役員、俺も考えてみようかな・・・?」

宮口は一人つぶやいて、以前千秋に教えてもらったURLを見つめた。