7人の士~会計士同期7人の物語~第4回:木村 ベンチャーのCFOになる
榊原「木村、Q社の仕訳チェック今日が締め切りだぞ。」
木村「はい。あと仕訳3本で終わります。」
榊原「お、余裕そうだな。良かった。最近慣れてきたみたいだな。」
木村「榊原さんのご指導のおかげですよ。」
榊原は木村の先輩だが、ちょっと茶化すように木村は言った。
榊原「この仕事つまらないって顔に出てるぞ。」
木村「いえ、そんなことは。」
榊原「ま、アドバイザリーもこんな仕事ばかりじゃないさ。アドバイザリーの世界はもっと広いから、事務所内政治で顔を広くしておくこともときには必要かもな。」
木村「事務所内政治ですか・・・。」
木村は手元に目線を移して、仕訳チェックの続きを始めた。残すは1本だけだ。
木村 翔(きむら しょう)。入社6年目、外資系金融機関の監査業務をメインにしていたが、思うところあって1年前にアドバイザリー部門へ異動した。現在は大手金融機関での会計アドバイザリー業務の一環で、膨大な連結仕訳のチェック業務を実施している。年4回、1か月以上のアサインであるため、年間の一番のメイン業務と言っても過言ではなかった。
事務所内政治が上手な人は、監査法人内での出世も早い。
それが木村が監査法人に入所してから率直に抱いた思いだった。
しかし、木村は自分がそういった「政治」が苦手であることをよく分かっていた。むしろ、自分の意見や考えをはっきりと相手に示して反応を見たい。いつしか、気持ちは監査法人の外へと向かうようになっていった。
木村「榊原さん、終わりました。」
榊原「予想よりずっと早かったな。お疲れ様。もう帰るだろう?俺も今日は帰ろうと思っているけど、ちょっと飲んでいく?」
木村「すみません、今日は予定があって。また今度行きましょう。」
本当は予定なんてないのだが、飲みたい気分になかったため、思わず言ってしまう。
お疲れさまでした、と言って、木村はクライアントをあとにした。
駅に向かって少し歩き始め、ふと、時間を確認しようとして、スマホの画面に目をやった。
木村「ん・・・?」
スマホのアドレスにメールが届いていることに気づく。
週末、テニスの約束をしていた友人からかと思い、何の気なしに文面を読む。
木村「あれ?・・・すごい久しぶりだな。」
メールはテニス仲間からではなく、最近は疎遠になっていた大学の同級生からだった。急いで書いたのか、少々の誤字脱字がある。内容的には、今度の週末会えないか、というものだった。
木村は懐かしさでいっぱいになり、二つ返事でOKした。
それから、2か月が経過した。
三船は、行きつけの日本酒居酒屋で木村を待っていた。
5分ほどで、全身黒スーツの男が三船に近づいてくるのに気づく。
三船「おーい、木村!」
木村「三船!久しぶり。」
三船「お前、今日はスーツ姿決まってるな。」
木村「あぁ。今の会社のインフラ整備関係で候補の会社の担当者と会ってきた。」
三船「なんだか、すっかりベンチャーのCFOって感じだな。」
木村は照れたように頭に手をやった。
2か月前、メールを送ってきた相手に会った木村は、その相手がHumanBridge社という士業専門のエージェントで人材マッチングの仕事をしていることを知る。
その人物は、スタートアップ期のITベンチャー企業のCFO人材を探しており、木村が会計士であることを思い出して連絡をくれたのだった。
木村「まさかCFOになるなんて、俺も思いもしなかった。金融機関の監査やアドバイザリー業務ばかりで、一般事業会社には不安もあったし。」
三船「何事もチャレンジすれば、為せば成る、てことか!」
CFOといえば聞こえは良いが、スタートアップ期のCFOは管理部門を統括するような位置づけでもあるため、数字の管理だけしていればよいという訳ではない。
ただ、それでも木村は、これから自らの手で作っていけるだろう組織に高揚していた。会社を背負って立つ役員の一人として、様々な試みができる点は魅力であり、誰かの顔色を伺うような働き方ではないため自分には合っていると感じていた。
三船「為せば成る、か。」
楽しそうに会社の魅力を語り始めた木村の話を聞きながら、三船は自分の今後について考え始めていた。
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