世の中に今ほどベンチャーという言葉が広まるずっと前、トーマツコンサルティング㈱(現デロイトトーマツコンサルティング㈱)およびトーマツ・ベンチャーサポート㈱の代表取締役を務め、九州ベンチャー支援の雄として、数多くのベンチャーを支援してきた公認会計士がいる。

九州の財界人でもその存在を知らない人はほぼいない古賀光雄先生。今回は、ベンチャー黎明期よりチャレンジを志す若手ベンチャー企業を支え、九州経済の旗手として数多くのベンチャー企業を輩出し、株式公開まで指導してきた先生が、若手の公認会計士に対して「ベンチャー支援とは何か」に向けた温かいメッセージをいただいた。

■公認会計士の今後の働き方について

監査の非常勤バイトでずっと食べている人も少なくない

「ギグワーク」って知っている?空いている時間に仕事をする働き方でヨーロッパは3分の1がギグワークをしていると言われている。つまり定職につかない働き方だね。そう考えると監査の非常勤バイトでご飯を食べているような若手の公認会計士は最高のギグワークをしているともいえる。日本におけるギグワークはまだ始まったばかりで、これからもギグワークエコノミーが出てくる。

妊婦や子育て、あるいは給与が足りないからなど、ギグワークを取り入れる目的は人それぞれ違うだろうけど、今後はこの労働環境のイノベーションが大きな経済効果をもたらしていくだろう。

皆も承知の通り、UBERもその働き方を推進しているし、現代社会は、産業革命以来、高度に効率化を目指してきた経済体制が崩壊しつつあり、特に先進国で働き方に対する考えや様式が変わってきている。

「そんなに急いでどこにいくのか?」「自分に本当に必要なものは何か?」「自分は何のために生きているのか、はてまた生きてきたのか?」などの問いが、現代の若者の心の奥底にある。

■若手の公認会計士に向けて

若手の公認会計士に言いたいのは、よく上司の会計士達に言われる「先輩の時代は~~だった。」というのは、その世代の話だけだということ。
AI時代に公認会計士や税理士業務が無くなるとのニュースや噂が聞こえてくるが、実際になくなることは無いが、調査や計算などの付加価値のない機械的な作業について一部業務が無くなっていくのは確かである。今からの会計士は監査だけでなくコンサルティング業務の職域が広がっていくと思います。

だから、公認会計士として若手はどうあるべきか、どのように仕事に取り組むべきかなんて話は、私が一方的に言うべきでもないと思っているし、もしそれが必要であれば、各世代まじえたフリーディスカッションなどで、時代時代にあった考え方を磨いていったほうが良いとも思う。

今でも、かつてのトーマツ・ベンチャーサポートのメンバーや同社のOBが集まって話をすることもあるが、総じていえることは、時代は常に変わっているということ。仕事の重要性、時間のとり方、女性の社会進出など、価値観の多様化が浸透し、働き方もどんどん変容してきている。

昨今、グローバルで浸透しているSDGsもそうだが、民間の企業経営においても営利性だけではなく、どのように環境を捉え、持続的な社会の発展のために投資をしているかも重要な要素になってきている。営利企業が自社の発展と同時に社会問題や環境問題に対してどう捉えているか、そして監査法人についてもこれらの課題に対してどう捉えていくかを考えることで見えてくるものがあるかもしれない。

■組織での振る舞い方

従来の監査現場に比べて、監査の現場ではマニュアル中心主義により、現場に行って作業をする機会が少なくなってきているが、今の監査現場では中々独自の判断を下すことが困難な状況となっていて、重要な判断事項は本部判断で決められるケースが増えているのは確かであるがやはり、会計士という資格を与えられた以上その資格に裏付けられた判断する権限というのは与えられるべきで、やはり現場でジャッジするのが本質だと考えている。

会計数値は、まさに“生き物”で数字には、人間と同じように会社の生い立ち、長所と短所、社長の苦労などの歴史が背景にある。単なる数値合わせではなく、そういうバックグラウンドを読み取り、理解できる公認会計士が必要。そのためにはやはり、各現場で事象を捉えてて判断できるような組織であるべき。そのために、苦労し国家試験をとって公認会計士になったのだから。

私が所属した監査法人では各現場、現場の判断を大事にすることを教えられてきた。経済的な大きな動き、対象会社の歴史的経緯、自分の目で親会社と子会社の力関係を理解し、なぜこのような数値になっているのか、そういった数値の背景にある複雑事象を理解して分かる人間がジャッジするから会社も信用してくれました。監査業務ではいつの時代も、会計数値の背景事象をしっかりと理解した上で、「これは許容する」「さすがにこれは厳しい」ということを判断していくことが重要だと思います。

やはり経営とは単年度ではなく、2年、3年と複数年で考えていくべきであり、会計基準についても基本的には、こういった経営的な視点で判断を行っていくべきと考えている。現在の会計基準と逆行するようなところもあるがやはり、経営も会計も投資と成果の関連性は長期で見るべきであり、1年で成果が分かる、実現するものは投資とはいえない。

会計上の判断も経営判断と同じく複数年(3年程度)をみて判断するという基準を置けば、経営者は積極的にリスクをとった投資を行うことが出来る。2年目以降はもちろん、その投資回収をすべく経営者は猛烈に頑張るのではないか。

現在は、監査現場でのクライアントコミュニケーションをとる機会が非常に減少しており、そういったコミュニケーションのプロセスを十分に踏まない会計士が足元の数値をもって判断をする傾向が強く、その数値の裏側にある経営者の心理、考え方まで踏み込んでいないように見受けられる。

我々が公認会計士として念頭に置かなければならないのは、数値は決して無機質なものでなく、歴史もあり将来もあるということ。

経営者は、四六時中常に頭の中で自社のビジネスについて考えているのだから、我々会計士が単に会計原則のみに準拠して判断し、指摘されても基本的には納得できない。経営者のジャッジメントをこちらも当事者意識をもって考え、コミュニケーションをとっていくことが大切。

■転職してベンチャーを支援したいという会計士が増えている現状について

公認会計士の独占業務である監査業務に固執する必要はないが、資格をとって数年は監査法人で監査業務を中心に働く経験は大切だと思う。監査する立場に立って、監査される立場を理解する。企業の言葉は数字であり、企業が元気なのか苦しいかは数字見て判断することができるしそのスキルが培われる。

将来的に、公認会計士の資格で仕事をしていなくても、公認会計士は根底で数字の大切さを理解しているから、企業の全体像を数値で理解し企業の課題や方向性を理解する力を持っている。将来的に公認会計士の仕事に執着する必要はないが、監査というのは公認会計の独占業務なのだから、3年はやったほうがよい。3年やれば監査の総合調書が作れるようになり、マネジャーとなって、会社側の担当者とも直接やりとりもするようになる。逆を言えば、それまでに会計士として出来上がっていなければならない。

まず3年は監査法人で監査を経験して、後に一般企業に勤めるほうが面白いと思う。企業のコンサル業務を引きうけるだけでなく、自分で事業会社を起こすのもありだし、自分で会社を起こしたい人が会計士になって数値を扱えられるようになればもっと面白いと思う。

大学発ベンチャーも増えているし、公認会計士発ベンチャーが増えてもよい。昔、公認会計士は「高給取り」「社会的地位の高い仕事」という理由で職業選択されていたが、そういう時代ではなくなっているし今後もその傾向は強くなっていくと思う。

■九州のベンチャーマーケットで会計士ができること

オフィスに行かないでも自宅でネット環境とパソコンさえあれば仕事ができるようになり、さらには東京に必ずしも出向かなくともクリエイティブな仕事は可能であるし、働く場所は九州でも良いし海外でも良いという時代になっていく。

ただし、ベンチャー企業は経済界の“子供”であり、生まれたからには人間と同じく本籍地がある。地域の中で育って地域に戻っていくように地域の中で、エコシステムとして育てる環境づくりが必要。個人的には、役所や銀行含めて、上場という仕組みを勉強してくれと言っている。だから九州エリアでIPOセミナーを積極的に開いてもらっていて、熊本県知事は唯一「IPOをやる」とも言ってくれた経緯もあり、今後が非常に楽しみ。

おらが村のベンチャーもそうだが、「上場」という夢を持った企業にならないと人はついてこない。戦後貧しい中で大企業になりあがった経営者、会社は皆スタートは貧しかったし、豊かになりたい、大きくなりたいと切に願い、それを体現して大きく成長していった。今の世の中は当時とは経済環境も全くことなるが、「夢」を大きく持って企業の理念、ミッションに掲げることが、企業成長においてとても重要だと考える。

【インタビュアー】

ブリッジコンサルティンググループ株式会社 取締役ファウンダー 大庭 崇彦 2006年 公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツ・トータルサービス1部に入所。株式上場を中心とした成長企業の支援を中心に行いつつ、1,800名(2020年1月時点)の独立公認会計士をネットワーク化し、全国・海外の成長企業支援を行えるビジネスモデルを確立。 現在では、ベンチャー・スタートアップから上場企業の管理部門支援を中心としたハンズオン支援を中心に展開する。